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「では、次は向こうに行って見ましょう」

「……………………」

「―――? シロウ?」

 並進するセイバーが首だけ振り向き、静かな声で俺の名前を呼んだ。


「……あ、ごめん。何でもない。ちょっと考え事してた」


 何時の間にか、俺の歩調が遅くなっていたみたいで、セイバーはそれに気づいたらしい。
 余計な気を回させたら悪い、と、俺は言葉を継ぐ。

「―――大した事じゃないから、気にしなくていいぞ」

 セイバーは「そうですか」と短く相槌をして、再びつかつかと歩き出す。
 慌てて、俺はセイバーの真横に体を滑らせた。
 肩が触れそうなぐらいの距離で、俺たちは再び並んで歩き始める――――




「……………………」


 ……やっぱり、目立ってるよな。

 実際、生死を分つような重要事ではないので口にしなかったが、気になるものは気になる。
 セイバーを伴なって学内を闊歩する俺は、そんな感想を抱かずにはいられなかった。

 まあ、セイバーが目立つというのはわかる。
 何しろ、これだけの金髪美人さんだ。
 もしも俺が無関係の外野にいられたのなら、一団に混じって、遠巻きに憧れの視線を向けていたに違いない。
 けれど、俺が廊下に視線を向けると、必ず誰かしらと目が合う、
 ……ということは、少なからず、こっちを見てる生徒がいるワケで。
 開き直り、学校を案内すると覚悟を決めたが、やはり感情が追いつかず、どうにも気恥ずかしい。
 当のセイバーは、衆人環視はむしろ日常と言わんばかりに、気にした様子がないのが恨めしい。
 さすがは王さまだ。

 しかし、ナチュラルに隠匿技能を獲得してるような、地味な外見一般人の俺まで、どうして―――
 ―――― も何も、コレ<・・>のせいに決まってるか。





 …………………………。



 周囲の喧騒に混じって聞こえる話し声。
 具体的に何かまでは聞き取れないが、内容はおおよその検討はつく。
 だって、当然だろ?
 噂の転校生が、一男子生徒と手を繋いで歩いてるのだから。










   Faceless token.     14 / Promenade









 昼休みが終わる、少し前のこと―――。


「なんだよ、それ」

 俺は思わず吐き捨てていた。語気が荒いのが自分でもわかる。
 セイバーから明かされたのは、内部の人間を一人残らず“溶解”して吸収する、外法の結界魔術の存在。
 意識して走査の網を広げると、それは微かに、だが、間違いなく在るとわかる。

「―――――――――」

 ぐらりと目眩を覚えた。
 存在を認知することで、朧げな違和感が、俺の中で形あるイメージに組み上がった。
 まるで食虫植物か、蛇の腹の中に囚われているような異質感に、吐き気さえ催した。
 そんな結界を躊躇いなく張り巡らした者への純粋な怒り。
 学園という生活圏にまで浸食してきた、生死を分かつ非日常事への戸惑い。
 そして何より、話を聞くまで気づかなかった無力な自分への苛立ちに、自然と力が篭り、肩が揺れる。
 と―――、


「シロウ、落ち着いてください」

 セイバーが静かな声で俺を諭した。
 彼女の真摯な碧色の瞳が真っ直ぐに固定されていて、そこに俺の顔が小さく映っている。

「―――、あ」

 弓道場にいるのは俺とセイバーの二人だけ。
 行き場のない焦燥の矛先は彼女に向けられて、気づけば両手を伸ばし、俺はセイバーの肩を掴んでいた。
 これではまるで、セイバーを責めてるみたいじゃないか。

「……すまない。セイバーに怒ったんじゃないんだ。これは―――」

 我に立ち返った俺は謝罪し、手を放す。

「ええ、わかっています」

 優しさだけではない、毅然としたセイバーの声は心地よく響いた。

 ―――よし。
 一度だけ深呼吸して、目の前の事態と、自分の置かれた立場を受け入れる。



「話は解った―――それで、俺は何をしたらいい?」


 結界は止める。だが、それを意思表示する必要はない。
 犠牲になりそうな誰かを救うのは、俺が聖杯戦争に参加する理由に他ならなかった。
 だから「どうするか」ではなくて、俺は一足飛びで「何をすべきか」を訊いた。
 無論、俺が決意表明した場にいたのだから、セイバーだってそれを了解している。


「結界の調査は凛が―――。
 それと、おそらくはアサシンも凛に従う形で動いているはずです」

 具体的な答えではないが、それに繋がる前置きを、セイバーが話し始めた。

「ハサンが?―――いや、当然か……」


 俺がセイバーと一緒にいるように、ハサンも今、遠坂と行動を共にしていると思って間違いない。
 だったら、俺と同じように、結界の話を遠坂から聞かされているはず。
 状況的に逃げれないというのもあるが、ハサンなら俺の胸懐を違算する事はないだろう。
 生活圏内に横たわる危険物を、みすみす放置する謂われもない。

「ええ。先ずは仕掛けた者に悟られぬよう、隠密裡に動く必要がある。
 それならば、私よりアサシンの方が適任でしょう」

「そうか。そうかもしれない」

 ハサンの索敵能力については無知だが、確かにセイバーは目立ち過ぎる。
 対し、ハサンは目立たない事が本義みたいなやつだから、適任と言えば適任かもしれない。


「ですから―――」

 と、セイバーは切り出した。

「ですから、私たちに課せられた役割はひとつ―――何もしないことです」

「む―――、それって、邪魔だから手を出すな、って事か? 遠坂が言ったのか?」

 セイバーは頷いた。

「はい。私もそう思います。事が進むまでは、あちらに任せた方が良い。
 今の私の役目は、シロウの身柄を安全に保つこと。それに全力を注ぐ」


「―――――――――」

 理屈はわかる。
 知識や能力のない者が掻き乱すのは、助けになるどころか負担になる場合が多い。
 野放しにしておけないが、正体が掴めない以上、今は下手に動いて刺激するのも逆効果だろう。
 有能な敵より無能な味方が厄介、なんてことになったら目も当てられない。
 しかし、

「しかし、何かないのか? どんな些細な事でもいい。俺でも出来る事が何か……」

 今の立場では、この件に関して役に立たないと言われたも同然である。
 それはセイバーも同じはずだが、彼女はそれを気にしてる様子はない。
 役割分担の開き直りだけではなく、自らの強さ―――剣に、セイバーは絶対の自信を持っているからだ。
 実際、彼女の強さは、ただ在るというだけで抑止等の役に立つ、戦略兵器並みのもの。
 俺みたいな半端魔術師と違う遠坂は当然として、ハサンもサーヴァントとして喚ばれるぐらいの英霊である。
 俺だけが、
 俺だけが何もない。
 自分が未熟であるのは先刻承知の上。疎外感とか嫉妬とか、そんなのではなくて、何も出来ないことに気が急く。
 事実を知った以上、じっとできないというのが本音かもしれない。


「そうですね…………」

 俺の言葉の端に、僅かながらも触れるところがあったか、セイバーは一考する。
 それから、柔らかく微笑んで言った。

「でしたら、放課後、学園の中を案内してください」











      …











 そんな経緯で、セイバーと二人、宵の口の校舎を漫ろ歩く事になった。
 当面の対処を向こうに任せっきりにし、こんな学園イベントをこなしていていいのかと思ったが、


 "凛の読みでは、犯人は学園の関係者。ここが戦場になる可能性は、決して低くはない"


 セイバーのその一言によって、俺の不埒な考えは一蹴された。
 あまり考えたくない事態だが、無視はできない。
 無関係の人間を巻き込むことに躊躇いないそいつが、周囲の被害を省みて戦場を選ぶとは思えなかった。
 どんな些細な事でも―――と言ったのは俺自身。
 最悪の状況というものを想像し、それを胸に刻みつける必要がある。
 拙くとも、自分ができる最大限で、次善の努力をするべき。
 だから、放課後の時間をセイバーに割くと決めた。
 都合良いことに、HRで藤ねえから、

「じゃあ、士郎。遠坂さんのお世話、任せたからね」

 と、言いつけられていたりする。

 もちろん、此処で言う"遠坂さん"とは、赤い方じゃなくて、セイバーのことだ。
 藤ねえのことだから、面倒事を頼み易い半身内の俺に押し付けた、といったところだろう。
 ああいう人でも一応は担任の言葉なので、大義名分は立つ。
 加え、普段から俺は学校の便利屋みたいなことをしているから、クラスメイトからの不満は少数に止めた。
 日頃の行いが功を奏し、セイバーの身柄を預ける相手として「無難」と思われたみたいだ。

 ――――それはそれで、寂しいものがあるけど。







 順調に、校舎の1〜3階、屋上、体育館、グラウンド、クラブハウスと巡る。
 馴染みの弓道場と、その裏の雑木林まで案内して、再び俺たちは三階にある自分の教室まで戻ってきた。

 いまさら言うまでも無いことだけど、セイバーは一般的な転校生と違う。
 案内した際、彼女は目的別に仕分けされた教室には目もくれず、主に学園の全体構造把握に努めていた。
 体育館等、ある程度開けた場所では、たん、とステップを踏み、足場を確かめたりもしていた。
 セイバーは剣の英霊。近接戦闘を得手とする。
 しかし、他のサーヴァントに地力で勝る彼女は、真っ向勝負が挑める広い場所の方がいいらしい。
 ハサンならこの逆だろう。
 アウトレンジからの攻撃が主体だが、身を隠しながら不意撃ちを狙う戦闘技法を得意としている。
 障害物は有れば有るほど良く、各々の専門教室や、雑木林が適正か。
 本当に真逆なんだな、と、あらためて実感したりした。


「……えっと。これで、だいたい一通り回ったと思うけど、どうだ?」


 自分の感想ばかり反芻してても仕方ないので、セイバーに訊く。
 それなりに時間を費やしたおかげで、生徒の数は大分減っていた。残っているのは部活生ぐらいなものだろう。
 予想通り教室も空で、閑散としており、気兼ねなくセイバーと話せる。


「はい。おかげで、校舎の構造は大方把握できました。ありがとうございます」

「あ……、いや、セイバーが良ければ、いいんだ。うん」

 夕映えに染まる可憐な少女の横顔。それに見惚れる暇は与えてくれないみたいだ。
 頭を下げるセイバーへの対応に、思わず狼狽えてしまう。そんな俺を見て、セイバーはくすりと笑った。
 なんだか、心の動きを全部見透かされているようで、少し照れくさい。
 と、不意にセイバーは真面目な顔を作る。


「じつは―――、もしやと思い、校舎を歩きながら、魔力の残り香を探っていました」

「―――!」

 ……そんな事もしてたのか。ちょっと感心する。

「―――しかし、残っていたのは凛の魔力だけ……。
 私でわかる範囲内の事なので確約はできませんが、それらしい痕跡は見つかりませんでした」

「つまり、学校に潜伏してる魔術師はいない?」

 言葉の意味を悟り、ちょっとだけ胸をなでおろす。
 そこに俺の魔力が無いのは……まあ、ご愛嬌。
 しかし、

「いえ、安心するのは早計です。現実に結界は張られてしまっている。
 魔力の残滓が無いのは、巧みに隠蔽しているか、自動的に、外部の人間の犯行ということになります。
 或いは、その両方という線も…………」


「…………………………」

 たしかにセイバーの言う通りだ。
 前者であればイコール、それだけ強力な魔術師の仕業ということなる。
 親父の受け売りだが、一流の魔術師は同業者が相手でも、本当の恐ろしさを表に出さない、気づかせない者であるという。
 後者の場合でも、同時に策敵範囲を広げなければならないことを意味し、どちらにしても厄介だ。


「そう簡単にはうまくいかないか」

「ええ。長期戦になることも覚悟しておいた方がよさそうです。
 私で判断できるのはこの程度で、後は何とも……」

「……そうだな。あとは遠坂の報告に期待しよう」


 そういえば、遠坂は今頃、何をしてるんだろう?

 セイバーに学校を見せて回っている間、一度ぐらいは遭遇すると思ったが、結局、その機会は訪れなかった。
 ハサンも一緒だから、無茶はしてないと思うけど。
 便りが無いのは元気な証し。
 何か劇的な進展があれば、必ずセイバーを呼びつけるはずで、そのあたりは心配していない。

 ―――が、問題は、この後。帰りをどうするか、である。
 遠坂はそのあたりの指針を示していかなかったらしく、セイバーに訊ねても首を振るばかり。
 朝以来、会っていない、とも言った。
 保護者責任という言葉を遠坂は知らないみたいだ。

 仕方ないので、教室で十分ほど待ってみた。待ってみたものの、当然のように現れない。


「仕方ありません。凛の教室に行って見ましょう」

「…………だな」

 俺はセイバーの提案に乗った。
 鞄があれば必ず戻ってくるはずで、同じ遠坂を待つなら、A組に行った方が確実だろう。
 各々の鞄を下げて、教室を出た。






「あれ、衛宮だ。アンタたち、まだ残ってたんだ」

 A組へ向かう短い廊下の途中で、ちょうど部活帰りらしい美綴と出くわした。
 「アンタたち」と美綴の中で当たり前の如くセット扱いなのは気になったが、突っかかると藪蛇になりそうなので軽く流す。

「転校生だから、学校を案内してたんだよ。
 ――― それより、遠坂を見なかったか?」

 たしか、昼間にも言ったような事を、もう一度美綴に訊いた。


「遠坂? 見たわよ」

「――― っ! 本当か? 何処で?」

「校門。私が見た時は、ちょうど帰るところだったみたいだけど」

「な――――――」

 がくりと肩が落ちた。
 美綴の言葉に嘘は無いだろう。だとしたら、A組に行くのも無駄という事になる。
 いったい、何を考えてるんだか……



「ふーん。あんた、まだ遠坂を探してたんだ。そんなに大事な用事なの?」

「大事っていうか、一応、セイバーの保護者は遠坂なんだけどな―――俺じゃない」

「また心にも無いことを。後ろの人が拗ねてるわよ」

「…………べつに拗ねてなどいませんが」

 ぽつりとセイバーが小さく抗議する。

「しかし、困ったな。遠坂が帰ったとなると、どうしたものやら……」

「そんなの、衛宮が責任もって家まで送るしかないじゃない。一度関わったら最後まで―――ってのは常識」

 クシシと美綴は笑った。
 知らないとはいえ、あのセイバーをまるで捨てネコみたいに言うとは、ある意味、感心する。

「……ま、それしかないか。引き止めて悪かったな、美綴」

「……ん。じゃ、あたしは職員室に寄る用事があるから。
 ―――またね、衛宮。セイバーも」

「はい。綾子もお気をつけて」

 そう言い残して、俺たちが歩いている方向とは逆の廊下に歩いていく美綴を、二人して見送る。

 ………………
 …………

 ……さて、帰るか。











      …











 寄り道する予定は無かった。今も無い。これは時間潰しである。

 ……さて、どうしたものか。

 さっきから、いや、今日はこればっかりだな、と、俺は溜息を吐く。
 セイバーはまだ隣にいた。
 つまり、事態はまだ進展していない。
 もっと具体的には、俺が座るベンチの横で、セイバーは三つ目のどら焼きを平らげる事に集中していた。
 この分だと四つ目、つまり、最後のどら焼きも無くなるのも時間の問題だろう。
 お茶請けとして多めに買ったのに―――と、まあ、これはいいとして。
 今のセイバーに、まともな返事は期待できそうもなかった。




 美綴から遠坂が帰ったことを伝えられた俺たちは、真っ直ぐ遠坂の家に向かった。
 深山町の小高い丘の上の住宅地にある遠坂家。
 初めて行ったが、何のことは無い、近隣でお化け屋敷として名高い洋館が、遠坂の家だった。
 言われてみれば、なるほど、雰囲気がある。
 セイバーの話では、付近一帯も遠坂家の私有地であると言う。
 どうやら古くから根を張る魔術師の家系というのは本当みたいだ。
 冬木市再発見の社会科見学ではないので、さっそく呼び鈴を鳴らす。
 しかし、待てど暮らせど、反応がない。
 何処をほっつき歩いているのか、遠坂はまだ帰ってきていないらしい。
 セイバーが鍵を持っていたので、置いて帰ろうとしたのだが、

「屋敷までの道中、シロウは一人になります。みすみす危険に晒す訳にはいきません」

 と、いった感じで、セイバーが頑なに、これを拒んだ。
 大げさな、と抗議したが、「任務」の一言で押し通されてしまった。仕方ない。
 洋館の中で遠坂を待つ方法もあるが、これは却下。
 持ち主の許可無く、魔術師の工房がある家に入ろうと思うほど、俺は鈍くない。
 家人であるセイバーが一緒とはいえ、後でどんなしっぺ返しがあるものか知れたものではない。

 そういうわけで、時間潰しにマウント深山商店街まで足を運ぶことになった。
 行先が商店街になったのは、たまたま歩きながらの雑談で、桜が如何に江戸前屋のどら焼きを愛しているか、俺が語った所為である。
 娯楽施設がまるで存在せず、学生にとっては少々物足りない商店街だが、セイバーには関係無さそうだ。
 今は脇の小さな公園で小休止しているところである。




 昼にあの量を平らげたばかりだというのに、よく食べるよなあ。
 結局、すべてを胃の中に収め、名残惜しそうに指についた餡子を舐め取っているセイバーを横目に見ながら思った。
 見方を変えれば艶かしい光景のはずだけど、散々食いしん坊な生態を見せ付けられてる以上、そんな感慨は沸いてこない。
 ……ま、幸せそうだから、いいけど。

「甘いものは別腹と言いますから」

 モノローグを口に出してしまったらしい。
 しかし、セイバーはそれに怒ることなく、何故か誇らしげに言った。

「いや、それはない」

 反射的に手まで振って否定する。
 遠坂や桜がネタとして言うならともかく、セイバーに限って、それはない。
 あるとすれば、何処ぞの怪獣みたく「○○ふくろ」がいっぱいある感じだ。
 属性的には、きわめて虎に近い。

「む。そうですか……」

 声にこそ出さなかったが、俺のアイロニカルな空気を悟って、ちょっと不機嫌そう。
 でも、もともと根詰めて話すような事でもないので、セイバーはあっさり流し、手に持っていた紙袋を畳む。

「あ、くず入れは入り口の方にあったぞ」

「はい」

 セイバーは公共モラルを守れる人なので、ゴミをその辺に捨てたりはしない。
 指摘してやると立ち上がり、そっちへ向かっていく。俺もその後について行った。





「もう少し商店街を見て回ろうか」

「そうですね。昼間はあまり外に出る機会がなかったので、視察しましょう」

 さすがに商店街で戦闘があるとは思えないが、ただの前口上なので、気にしない。
 目的を持たない物見遊山で、まさに散歩といった感じだ。
 はぐれないようにセイバーの手を引き、薄闇の商店街を、ゆっくりしたペースで歩く。

 ……思えば、こうして手を繋ぐのも、今日一日ですっかり馴れてしまってるな。


 商店街の雑踏。
 さすがにピークは過ぎたが、まだ人影は多い。
 何とは無しに、顔見知りがいないか見渡す―――と、いた。

 八百屋の前で棒立ちの背中。
 スーツ姿の長身で、顔こそ見えないが、間違いない。
 商店街で見かけるのは、かなり珍しい部類の―――いや、ひょっとしたら、初めてではないかという人物だった。
 特別親しい間柄でもないが、目上ということもあり、見かけた以上は声を掛けない訳にはいくまい。



「先生、こんばんは」

 声をかけると、男は機械的な動作で振り向いた。

「衛宮か……。そっちは、たしか―――」

「セイバーです。先生」

「セイバー?」

「あ、セイバーってのは渾名で……。今日、イギリスから俺のクラスに転校してきた、遠坂くま子です」

「そうか」


 街灯の下にあるのは、長身痩躯の人影。
 校舎で見慣れたその姿は、間違いなく葛木先生だった。

 今日の二限目、授業を受けているから記憶にあるはずで、追ってセイバーも会釈する。
 生徒会顧問もしているので、一成からそれなりに話は聞いているが、俺との関係は、あくまで教師と生徒でしかない。
 生徒からの評判もよく、いい先生なのは確かなんだけど、雰囲気も相まって、学校外で話すのは妙に緊張する。


「えっと、この子は俺の知り合いで、その、引っ越してきただから、町の案内をちょっと……」


 そして、何故か言い訳がましいことをまくし立ててしまう俺。

「そうか。外国人の入学者ならば、周りから注目される事は避けられまい。
 衛宮、知り合いならしっかり気を遣ってやれ」

「あ―――はい。どうもです」

 当たり前だけど、きわめて先達者らしい答えが返ってきて、軽く拍子抜けする。

「それより、先生の方は、どうして商店街に?」

「買い物だ」

 それは見ればわかる。葛木先生は尋常じゃない量の食料品をを両手に持っていた。
 半透明のビニール袋から見える限り、野菜ばかりなのが気にかかるのだが、

「下宿している寺の僧たちに食事を振舞うと言うのでな。荷物持ちに付き合っている」

 なるほど。
 この辺で寺と言えば円蔵山の中腹にある柳洞寺しかない。つまりは、一成の実家だ。
 寺には五十人もの修行僧がいて、彼らのための買出しなのは容易に想像できる。
 跡取りである一成が完全菜食主義者という訳でもないから、柳洞寺の教義で禁じられてはいないと思う。
 けれど、修行僧ともなれば、やっぱり肉・魚類は控えるべきものなのだろう。
 したがって、野菜ばかりなのも納得できる。

「―――――って。先生、柳洞寺に下宿してるんですか……?」

 初耳だ。

「そうだ。柳洞から聞いていないのか?」

「いや。一成のヤツ、そんなことは一言も……」

「そうか」

 葛木先生はとっては特出すべき事柄でもないのだろう。追求するでもなく、いつも通り素っ気ない。
 考えてもみれば、一成はおいそれと他人の個人情報を触れ回るようなヤツじゃないしな。
 隠してた訳じゃなく、話す機会が無かっただけかもしれない。
 人見知りの激しい一成と妙に仲がいいのは、堅物同士気が合うからってだけじゃなくて、そんな理由があったみたいだ。

 もともと共通の話題なんて極小なので、すぐに会話のネタは尽きる。
 日が暮れかかっている時分に、まさか天気の話をするわけにもいかないだろう。


「………………………………」

 そういえば、さっきからセイバーがおとなしい。
 何もしてないって訳じゃなく、彼女はじっと一点を見つめ続けていた。



「………………………………」


 ……ああ、わかっている。実は、俺もずっと気になっていた。

 セイバーが気難しい表情で視線を向ける先。
 ―――葛木先生の背後には、寄り添うように佇む一人の女性がいた。

 先程からセイバーは彼女が気になるようで。
 礼儀正しいセイバーにして珍しく、ネコが威嚇するみたいに睨んでいた。
 一方の女性も、そんなに見られたら当然だが、セイバーを気にしている様子である。
 気がつかないフリをして「それでは、さよなら」とスルーする訳にもいかず、あの様子ではセイバーも許してくれないだろう。
 となると、やっぱり俺が訊いてみるしかなさそうだ。仕方ない。


「……つかぬ事をお聞きしますが―――、後ろの女性は、先生の知り合いですか……?」


 思い切って、訊いた。そして、あらためて女性を見る。
 年の頃はだいたい、二十代半ばから、後半ぐらいだろうか。
 俺は日本人だから、細かい地方の特定はできないけど、ヨーロッパの中央か、東寄りの出身と思われる白人女性である。
 ついで言うと、セイバーとタイプこと違うが、かなりの美人さんだった。

 同じように野菜がいっぱい詰まった買い物袋を提げていて、これで「赤の他人でした」は無理があると思う。
 そもそも先生が商店街に立ち寄るという話は聞いたことがなく、此処にいるのは、彼女の付き添いだからなのは想像に難くない。
 葛木先生が思いっきり和風な人なので、親類という線はないだろう。
 どんなオチかと思いきや、


「婚約者だ」


 と、あっさり言った。


「……こ、婚約者、ですか……?」


 先生の返答を待たずとも、紹介された女性の態度を見れば、それが本当だとわかる。
 その一言を受けて、彼女は恥ずかしそう身をくねらせていた。
 本人の目の前ではとても口に出せないけど、年に似合わない。ちょっと引く。
 もちろん嫌がっているのではなく、他人にそう紹介されたのが嬉しいのだろう。
 言われてみれば、若奥さまな自分に酔っているような雰囲気がある。
 だって、商店街なのにエプロンしてるし。
 たぶん、形から入るタイプなのだろう。
 肝心の旦那さんの方は、相変わらず、朴訥とした世捨て人の風情だが。


「メディア、うちの生徒たちだ」

 と、葛木先生はすっと一歩下がって、婚約者を俺の前に出す。
 メディアと呼ばれた女性は、流暢な日本語で挨拶して、それから丁寧に頭を下げた。

「こ、こちらこそ。葛木先生にはお世話になってます―――よろしく」

 負けずに礼を返した。これで義務は果たしたと思う。


「………………………………」

 そして約一名、まだ無言のままのヤツがいた。
 これはやっぱり、俺の役目だよな。


「セイバー、挨拶」

 葛木先生がそうしたように、俺はセイバーを前に引きずり出して促した。

「は、はい。よろしくお願いします」

 我に返って、ようやくセイバーも会釈し、この場は収まった。
 やれやれ。




「それでは、俺たちは帰りますんで……」

 そう言って、セイバーの手を引く。
 互いに連れの女性を紹介したところで、ちょうどキリがいい。
 邪魔しちゃ悪いと、その場を立ち去ることにした。

「近頃、例の昏睡事件や通り魔など、何かと物騒な事件が相次いでいる。
 学園で教師による見回りも検討されているぐらいだ。帰り道、気をつけて帰るといい」

「―――っ!」

 葛木先生は教師らしい、他意のない忠告として言ったつもりなのだろうが、俺はその原因を知っている。
 ……十中八九、聖杯戦争の所為だろう。
 サーヴァントか、それを使役するマスターの狼藉と思って間違いない。
 学校の中のみならず、外でも災禍が忍び寄りつつあることを、今更ながら気づかされた。

 ……何とかしないとな。

 決意を新たにする。
 そうして顔を上げると、ふと、先生の婚約者であるという女性と目が合った。
 ―――が、すぐに反らされた。

「……?」

 ま、いいか。








 帰ると宣言したからって訳ではないが、本当にそのまま帰ることにした。
 周囲は、夕方から夜と呼んでもいいぐらいに暗くなっている。いいかげん、潮時だろう。
 但し、向かう先は遠坂の家ではない。
 今現在の遠坂の居場所に、もう一つ心当たりがある。実は公園を出てからこっち、その可能性を考えていた。
 普通はしないが、遠坂なら―――いや、遠坂だからこそ、考えれば考えるほど信憑性が増す。
 どうせ向かう羽目になるわけだし、損はない、と、そっちに賭けることにした。
 それはそれとして―――、

「………………………………」

 商店街を出て以来、セイバーはずっと押し黙ったままだった。
 不機嫌で拗ねているとか、そういうのではなくて、意図的に口を塞いでいる、そんな雰囲気があった。
 だから俺から声も掛け辛かった。
 セイバーが口を開いたのは、住宅街の奥まった坂道に入り、周りに誰もいなくなってからの事だった。


「シロウ―――」

「何だ、セイバー?」

「貴方に話しておきたい事があります。葛木教諭と一緒にいた女性のことを覚えていますか?」

「ああ、もちろん」

 ついさっきの事だから、忘れるわけがない。
 謎に包まれた葛木宗一郎の私生活を少しだけ垣間見て、尚と謎が深まった気がする、そんな邂逅だった。
 そう言えば、セイバーがおかしいのは、二人と出会ってからのこと。
 いったい、何を言い出すかと思えば、


「実はあの女性、私はサーヴァントではないかと疑っていました。
 私の様子がおかしいと感じたのなら、それはサーヴァントの気配を探っていた所為なのです」

「―――え?」

 あの人が、サーヴァント……?

「驚くほどの事ではないでしょう。
 今のこの時期に、見慣れぬ外国人女性―――それだけでも怪しんで、然るべきか、と」

「………………」

 ……セイバーの言う通りだ。俺は何を寝惚けていたのだろう。
 普段は見慣れぬ外国人がサーヴァントだなんて、目の前に分かりやすい実例がいるというのに。
 あの結界を張った者は、学園の関係者らしいとも聞いている。
 あそこを職場とする葛木先生は、これ以上ないっていうぐらいの関係者ではないか。
 そんな不吉な考えが浮かぶ。


「あ―――でも、『いました』って言ったな……過去形か?」

 セイバーは小さく頷いた。

「ええ。結局、それらしい匂いを感じ取ることは出来ませんでした。
 剣士の視点から立ち姿、物腰等も観察してみましたが、およそ戦闘には向かない素人だと断言できます。
 身体能力だけを言えば、おそらくシロウや凛にも劣る。要するに、普通の成人女性です」

「そっか」

 少し安心する。
 遠坂だけでも手を余しているというのに、これ以上知り合いが敵になるのは、なかなかぞっとしない。


「―――それと、あの女性がサーヴァントならば、彼がマスターである可能性もある。
 念のため、そちらも見定めてみましたが―――想像してるようなことはありませんでした。魔術師らしい素振りは微塵も。
 初めは只者ではないと感じたのですが、見れば見るほど一般人です。マスターではないでしょう」

「そりゃ、僥倖。……けど、只者じゃないってどういう事だよ。何か特別なものを感じたのか?」

「いえ、特別なものは何も。ただ、私が感心したのは彼の呼吸です。
 授業をしていた時もそうでしたが、歩みにもまったく無駄がない。ヒトとして理想的なものでした」

「えっと……、呼吸って、あの呼吸だよな。
 それがセイバーが感心するほど理想的って、じゃあ葛木先生、戦えばすごく強いっていうのか?」

「そういうことではなさそうです。何より、彼は魔術師ではないし、血の匂いもしない。
 生まれながらの才気ではなく、後天的に、そう……、たまたま日頃の鍛錬が作用しただけでしょうね。
 ただ、私のように鍛えても身につかない者からすれば―――まあ、少し羨ましくもあります」

 そう言ってセイバーは、ふうと溜息をこぼした。

「………………」

 仮にも英霊、それも武の頂点付近にいる騎士王に褒められ、羨望の的になる。
 じつは葛木先生って凄い人なんじゃないだろうか。
 虎の言う事だからと聞き流していたが、以前、藤ねえも「葛木先生は達人だ」なんてことを言っていた気がする。
 見る人が見れば、わかるものなのかもしれない。

 そう言われてみれば、素っ気ない話し方や態度、足音が無かったり、気配が無かったり。
 外見こそまるで違っているが、俺がひじょーによく知ってる人物に似てなくもない。
 ……まさか、同業者なんてことはないと思うけど。


「ま、取り敢えず、あの二人は除外していい。そういうことだよな?」

「一応は」

 肯定しつつも、含みある物言いのセイバー。

「しかし、手放しで対象から除外するのは、少々安易過ぎるかもしれません。
 本気になって気配を隠せば、真横にいても存在を気取られない、アサシンのような例もあります。
 相応の技能があれば、私の目を欺くぐらい、出来ないとは言い切れない」

「でも、アサシンはハサンだ。聖杯戦争のシステムからして、同じクラスが喚び出されることはないんだろ」

「それはそうなのですが……そうですね。
 警戒しろとまでは言いませんが、あの二人のことを記憶に止めて置くぐらいは、しておいた方がいいですね。
 実際、何が起こるか、わかりませんから。
 ―――私が言いたかったのは、そういうことです」

「ああ、わかった。覚えておくよ」

 俺は逆らわず、真摯に頷いた。たしかに警戒して、し過ぎるなんてことはない。
 力で捻じ伏せれる遠坂とセイバーなら小事を無視できるんだろうけど、弱者二乗な俺たちにそんなゆとりはないのだ。
 最悪の事態を想定し、慎重に動くというのは、朝にハサンと打ち合わせした指針でもある。
 それを、あろうことか、セイバーに教えられた。気を引き締めるべきだと反省する。


「でもさ、セイバー。だったら、先生とあのメディアさんの前で、セイバーを『セイバー』と紹介したのは、ちょっと拙かったんじゃないのか?
 こっち側の人間だとしたら、サーヴァントだってもろバレな問題発言だぞ」

 ふと思ったことを口にした。

「まあ、そうでしょうね。転校を決めた時からバレるのは覚悟の上だったので、そのあたりは気にしてませんでした」

「ん? そうなのか?」

「ええ。凛は聖杯戦争の最初から参加している遠坂家の人間。
 事情を知る者に、スタート前からマスターであると決め付けられても、一向におかしくない立場なのです。事実、そうですしね。
 私も、その……、黙っていても目立ってしまうようですし―――」

 まあ、それはよくわかる。というか、見てきた。
 セイバーにしてみれば授業は茶番もいいところなのだろうが、決して出しゃばらず、空気に徹していた。
 自分からは話し掛けず、発言せず、当たり障りない返答のみ。
 それでも注目を集め、目立ってしまうのがセイバーなのだ。
 俗に言う、人徳とか、カリスマと呼ばれるやつなのだろう。宿命的に持って産まれてしまったものである。

「―――ですから、それはあるものと割り切っています。もちろん、好き好んで目立とうとは思いませんが」

 つまり、織り込み済みってことか。

「もしかしたら、俺たちはオトリだったりして。自分たちが動きやすいように」

 この場合の"俺たち"とは俺とセイバーのことで、結界対策本部の本命は遠坂・ハサンの組である。

「具体的に話し合ってはいませんが、有り得ない話ではないですね。凛なら」


 軽い冗談のつもりで言ったのだが、セイバーが否定しなかったので、本当にそんな気がしてきた。
 しかし、この状況って考えてみれば、"なるべく隠れてやり過ごす"という当初の計画が、完全に壊れてしまってるのではなかろうか。
 ……なんか、知らず知らず、遠坂のヤツにハメられてるような―――
 ―――って、いかんいかん。疑い深くなってるな、俺。
 血肉を貪る結界なんて物騒なものを、どのみち俺が見過ごせる筈なく、遅かれ早かれ、こうなった可能性はあったのだ。



「遠坂の意図は知らないけど、やっぱり、あちこちで『セイバー』と連呼するのは良くない気がするな。
 もう美綴とか、俺の知り合いに散々言っちゃってるし、いまさら手遅れかもしれないけど。
 でも、せっかく偽名まで用意したんだし、今からでも修正した方がよくないか?」

「私はどちらでも構いませんが、シロウが気になるというなら、精神衛生上、変えた方がいいでしょう」


「でも、『遠坂くま子』、か ――― "くまこ"…………」

 うーむ、と、俺は唸る。

「―――? おかしいですか?
 聖杯の助力のおかげで、今の私は日本語を過不足なく話せる状態にあります。
 ですから、ここは敢えて日本人名をつけたのですが……」

 俺がその名前を口にする時の微かな違和感を察して、セイバーが訊いてきた。

「そんなことはない、と思うぞ―――たぶん。
 ハサンにハサンとしか呼べなくなってるように、俺の中で『セイバー』が確率されてしまっていて、馴れない所為だ。
 それと、ただ、ちょっと―――、日本人の女の子にしては、少しだけ変わった名前かなあ、と……」

「―――む。それは暗に、はっきり、おかしいと言ってませんか?」

「いやいや。勇ましくありながら何処か可愛げがあって、セイバーに似合っている。
 まさか、アーサー王ですって言い触らす訳にはいかないからな。いい名前だと思うぞ」

 すかさず、慌ててフォローを入れた。
 最初に聞いた時は遠坂のセンスかと疑ったが、あの様子だと、どうやら命名はセイバー自身であるらしい。
 いや、それを認めている時点で遠坂も同レベルか―――なんてことを考えていると、

「………………………………」

「……う」

 セイバーが凄く怖い顔で俺を見ていた。
 気圧されて、思わず怯む。
 そして、彼女は言った。

「――― シロウ。一つ訊きますが、貴方はどうして、私の真名を知っているのですか?」

「――――っ、! しまった……!」


 話の流れで、俺は重大な失言をしてしまったみたいだ。
 学園の制服姿の所為もあってか、非戦闘状態にある今のセイバーは、ただ綺麗な女の子にしか見えない。
 けれど、その身は並び立つ者ない剣の英霊。
 千と数百年以上の長きに渡って、人々に最上の英雄と記憶されるアーサー王、その人なのである。
 基本的にサーヴァントは自らの真名を隠すもの。故にクラス名で呼ばれる。
 自分のみならず、相手の正体を知った事実も隠すべきだ、というのが、昨夜相談した時のハサンの忠告である。
 忠告は忠告で、最優先事項ではなく、気が緩んでたか。


「……『しまった』―――?」

 言葉尻を掴まえたセイバーはますます顔を険しくする。
 反射的に発した声は、拙いことを自ら認める意味で、獅子の巣穴を突付く行為に等しい。
 微妙に笑みを浮かべているのが、また怖かった。

「そういえば、先ほど私を紹介する時、イギリスから来た、とも言ってましたね。
 ―――ええ。たしかに、私はこの時代で言うところのUKの出身です。どうして、そんな事までわかるんですか?」

「それは……、その―――」

 ……待てよ?
 俺はべつに、悪いことなんかしてない。進んで探った結果じゃなく、たまたま知ってしまっただけである。
 それを隠していたことも、無知を装うことで戦況を有利に運べるかもしれないという、此方の希望的観測に基づく都合だ。
 だいたい、調べていたからと言っても、セイバーにその事で責められる理由はない筈である。


「―――知っているも何も、昨日の河原での戦闘は俺も見ていたからな。
 宝具を使っただろ? アレを宝具に持つ英雄なんて、一人しか思い浮かばない」

 なので、正直に告白した。


「………………………………そうでしたね」


 セイバーは肩の力を抜いた。わかってくれたらしい。


「……じゃあ、やっぱり、そうなのか?」

「ええ、そうです。私の真名は、アルトリア・ペンドラゴン ――――。
 赤き竜ウーサーの嫡子にして、クランの猛犬の末裔。世に言う"アーサー王"こそが、私の本当の正体です」


「――――――――っ」

 実感なかったというか、考えないようにしてたというか……、
 しかし、こうも本人の口からはっきり宣言されると見て見ぬ振りは出来ず、俺はあらためて戦慄した。


「私が聖剣の力を解放したところを、シロウは目撃していたのでしたね。
 ならば、知っていても、おかしくない。―――迂闊でした」

 俺に注いでいた感情を表裏捲れるように内へ向けて、セイバーは気落ちした。

「……そんなに気にすることないと思うけどな。
 そもそも、セイバーに弱点なんか、ないだろ。名前を知られたところで、不利にはならないんじゃないか?」

「何を言っているのですか、貴方は……!
 例えば、少し調べればわかることですが―――、私は身に竜の因子を宿しています。
 したがって、竜退治<ドラゴンスレイヤー>の概念を持つ武装も、私にとっては天敵なります。
 これを用意されると、後の戦闘は間違いなく厳しいものになる」

 何処で手に入れるんだ? そんなもの。
 日本じゃせいぜい、神社か博物館に眠っている鬼退治の刀が関の山だろう。
 敷居が高すぎる。
 ……ま、言わんとしてることはわかるけどさ。



「話を戻すけど―――、それで、どうして"くま子"なんだ?」

 優等生然としたセイバーの説教は長そうなので、それまで話は強引に終わらせる。
 代わりに、常々疑問に思っていたことをセイバーにぶつけた。

「動物に例えるならライオンとか、それこそドラゴンがセイバーのイメージに近いのに」

 ドラゴンを動物に含めていいのか、わからないけどな。

「どうしても何も、そのままなのですが」

「―――?」

「アルトリアないしアーサーは、月と狩猟と雌熊の女神、アルテミスを語源とする名前なのです」

 とくに秘密にしている由来ではないのか、セイバーはあっさりと打ち明けた。

「……なるほど。そのままってのは、つまり、直訳なわけか」

 月女神の象徴・化身である"くま"に、女の子だから"子"を付けたらしい。
 本当に直訳すると"月のお姫さま"といった感じだが、浮ついた偽名はかえって恥ずかしいし、それでいいのかもしれない。
 けれど、セイバー=くま子なのは、よくわかったんだが――――、

「けれど、それって、真名をバラしてないか?」

「――――――え?」

「………………………………」

「………………………………」

「………………………………」

「………………………………」

「……………ま、言われなきゃ、わかんないけどな」

「もちろん、そうです」

 目を合わせずにセイバーは言う。
 ……忘れてたな。
 遠坂と言い、二人とも、どうも詰めが甘いというか、肝心なところでうっかりしてるところがある。
 付け入るなら其処、と、ハサンなら言いそうだ。



「んー、"アルトリア"、か……」

 地平線近くにある白々とした月。
 それを眺めながら感慨に耽る。

「綺麗な名前だよな。そう呼べないのが残念だ」

 世辞がない俺の本音。

「そ、そうですか?」

 聞いていたセイバーの受け答えがどもる。彼女にしては珍しい。
 ……俺は何か、変なことを言っただろうか?









 帰る道のりをゆっくりと歩く。
 日は完全に沈み、あたりは完全な闇。長き夜の始まり。
 交差点付近を横切った。
 街灯で浮かび上がる十字路は、否応無しに二日前のあの夜を喚起させる。
 しかし、思い詰めた気分にはならなかった。
 それは、これ。
 思っていたよりずっと小さい手のひら、
 伝わる温かさが、俺を掴まえていてくれると知っているから。

 ふと、


「……私は王になど、なるべきではなかった。只のアルトリアでいい……」


「―――え?」

 セイバーを見る。
 彼女は俯いたままで、今のは序で出た独り言だとわかった。
 セイバーにはセイバーの事情がある。
 それは俺の立場では知ってはいけない事。

 だから、俺は忘れることにした。














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